今日もアイスコーヒーを買って
プロローグ
今朝も相変わらず会社への道は渋滞していた。
もう少し早く起きればいいのだが、それがなかなか出来ないのである。
いつものことだが今日は少しため息が出てしまう。
「はぁ・・・」
最近ハマっているK-POPを聴きながら、進んだり止まったりする前車に追従する。
しばらくすると毎朝立ち寄るコンビニが見えてきた。
車から降り、鍵と財布とスマホの最低限の荷物だけ持ちコンビニへと向かう。
そこで朝食としておにぎりとアイスコーヒーを買うのが彼女の日課だった。
駐車場でおにぎりを頬張りながら彼女はあることを考え、また気分が落ち込んでしまった。
何でできないの?
彼女の気分が落ち込んでいる理由は、ダイエットのことだった。
3ヶ月後には婚約者とのブライダルフォトが控えており、
最高の写真を撮るために体型も最高の状態にしたいのであった。
今の体型には自分なりに不満があったし、良い機会だと思いダイエットを決意した。
何なら婚約者と一緒にTODOリストまでウキウキで作っていたのだが、
ウキウキだったのはTODOリストを作っている間だけであった。
いざ、行動を始めようとすると何もできずに1日が終わってしまう。
やらないといけないのにできない。
会社で仕事をしている時は、帰ったらダイエットしようと情熱が燃えているのだが、
家に帰るとまるで忘れてしまったかのように情熱が消えてしまうのである。
元々真面目な性格な彼女はいつの間にか、そんな自分自身に嫌悪感さえ抱いていたのであった。
「何でできないの?」
いつも1日の終わりに自分に投げかける言葉であった。
思わぬ休日
そんなことを考えながら、ぼーとおにぎりを頬張っているといつの間にか時間が経っていることに気がついた。
(やばい!遅刻だ!)
すでに始業時間には間に合わない状態だった。
(いつもはこんなことないのに・・・今日は疲れているのかな・・・)
とりあえず職場に連絡をした。
すると上司から設備のトラブルで作業ができず人員がダブっているから、
今日は休みでいいよと言われ、運がいいのか悪いのか休日となってしまった。
せっかく休日になったんだからと思い、とりあえずダイエットに関する書籍を探しに書店へ向かった。
(知識は重要だから!)
書店でとりあえずめぼしいダイエットに関する書籍を数冊購入し、意気揚々と読書するために
婚約者とよく行くカフェに向かった。
老人との出会い
チェーン店でどこにもあるこのカフェだが、どこにでもあるということはそれだけ多くの人に好まれているということでもあり、彼女もそのカフェが好きだった。
平日ということもあり、店内は空いていた。
店員からは空いている席にご自由にお座りくださいと言われたので、店の角の隅の席に腰をかけた。
コーヒーを注文しようとしたが、今朝コンビニで飲んだことを思い出しバナナジュースを注文した。
この店のバナナジュースを飲んだことがなかったがバナナジュースが届き、一口飲んで自分の選択は正しかったと確信した。
バナナジュースを飲みながら書籍を読み始めた。
(なるほど。朝にコーヒーを飲むのはいいのか。やっててよかった。)
しばらく集中して読んでいたが、目が疲れてきたため本から顔を上げて目を休ませることにした。
視線を本から外すと、自分の真向かいに見知らぬ老人が座っていた。
彼女は硬直した。
いつからいるのか?なぜいるのか?誰なのか?
とにかく、気味が悪かったため静かに立ち上がり逃走しようとした。
すると、老人は彼女に声をかけた。
「なかなか行動に移せないのかね?」
彼女は一体何のことを言っているのか理解ができなかった。
そんなことより頭の中は恐怖でいっぱいだった。
「自分の目標についてたくさん学ぶのはいいことじゃ。知識は思考を作ってくれるものじゃからね。」
自分がダイエットに関する本を読んでいたとバレ、彼女は顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。
同時に人のプライバシーに土足で踏み込んでくる目の前の老人に腹が立った。
「あなたには関係ないことでしょ?そもそも勝手に向かいに座らないでください!」
怒りは恐怖に打ち勝った。
しかし、老人は席を動こうとしない。
(店員さんに言おう)
そう思い、辺りを見渡したが店員が見つからなかった。
厨房の方にいるのかと思い、彼女がそちらに向かおうとすると老人は再び彼女に声をかけた。
「怒らせてしまってごめんよ。しかし、君のモヤモヤを消してあげたくてじゃな・・・」
(どういうこと?)
確かに、現状はモヤモヤに悩まされている。老人のその言葉に彼女は少しだけ興味が湧いてきた。
「本当なんです?」
「あぁ、本当じゃよ。君が今抱えているモヤモヤをスッキリさせてあげられる自信があるからね。」
老人に関しては微塵も信用していない。いつでも全力で逃げられる心構えをしていた。
「じゃあ、すこーしだけお聞きします。」
この時、彼女は本当に少しだけのつもりだった。
準備には際限がない
「ありがとう。君が話を聞く気になってくれて、わしは嬉しいよ。」
そう言って満面の笑みの老人を見ると、そう悪い人ではなさそうだが油断はできない。
(新手の詐欺かも・・・)
まだ彼女の中では不安があったが、老人は話を始めた。
「そうだね。君はさっき本を読んでいね。」
「はい。ダイエットすることが目標なので関連する本を読んでいました。」
「さっきも言ったけれど、とてもいいことだね。知っていると知らないではとてつもなく大きな差だからね。」
「ありがとうございます。私も知識はとても大切だと思っております。なのでダイエットに関する本もすでに十冊以上は読んでいます。」
読書量では自信があったため、彼女は少し自慢げになった。
「それでもね知っていると行動しているではまた大きな差があるのも事実なんじゃよ。まぁ君がダイエットをしたいでは無く、ダイエットの知識を得たいだけならいいのじゃがね。」
「そんなことはわかってます・・・」
「それならいいんだけどね。いいかい、目標を達成するための手段なんて調べれば調べただけ出てくるし、色んな人の成功体験も出てくるじゃろう。そんな無数の手段に固執している時間は非常にもったいないと思うね。」
確かに老人の言う通り、ダイエットに関する本は大量にあるし今後もどんどん増えていくだろう。それにダイエットの成功体験も無数にありこちらも今後さらに増えていくことは容易に想像できる。
「つまり、準備には際限がないんじゃよ。だからこそ期限を決めたり書籍を1冊に絞る、ある人の成功体験をもとにしてみるなど手段に固執しないことが大切じゃよ。」
「そう言われると準備ばかりして何も手をつけれていないかもです・・・」
「目的と手段の関係がいつの間にか逆転して、手段が目的になってしまう人はかなり多いと思うよ。もちろん手段を集めることが目的ならいいんだけど、
本来の目的があるのなら手段はあくまでツールとして取り扱わないといけないね。」
なんで見ず知らずの老人にこんなことを言われないといけないんだろうか?と思いたいが明らかな核心をつかれて、彼女が老人の言葉を無下にするのは出来なかった。
凡人に残された道
「ありがとうございます。でも行動に移そうとしてもなかなか動けなくて・・・」
実際、彼女は何回かは行動しようとした。婚約者とTODOリストを作ってみたりしたが翌日にはサボってしまうのであった。
「そもそも行動できる人、努力できる人は才能なんじゃないですか?私はそんな天才じゃないんで出来ないんですよ・・・」
彼女は少し拗ねたように老人に投げかけた。
老人は優しそうな目をしながら諭すように彼女に話し始めた。
「確かに才能もあるかもしれないね。音楽の才能、スポーツの才能、絵の才能・・・様々な才能が溢れるこの社会に生きていると自分には才能がないと卑屈になってしまう気持ちはわかるよ。
でもね、行動や努力までも才能で片付けてしまったら一体、われわれ凡人はどうやって自分の幸せを叶えると言うんだね?
君は確かに天才ではないのかもしれない。でもねだからと言って行動することや努力することまで奪われてはいないんだよ。むしろ天才に唯一勝てる手段だと思うね。」
老人に言われも彼女は納得しなかった。
「いや、でも行動したり努力しても凡人は何も出来ないんじゃないんですか?やはり結果を出せるのは最初から才能がある人なんじゃないんですか?」
「その考えは間違っているね。どんな人でも行動すれば必ず何かしらの結果が現れるんだよ。この世界は物理法則によって構築されているからね。何かしらの行動を起こせば必ず何かしらの結果が生まれるんじゃよ。
そして良い結果を望むんなら、たくさん行動することじゃ。それこそが凡人に残された唯一の道なんじゃよ。」
そこまで言われると、途端に自分が今まで子どもじみたことを言っていたなと思い恥ずかしくなった。
「何だか、今まですごく恥ずかしいこと言ってたなって思っちゃいました・・・」
「たいていの人は君と同じように考えてるんじゃないかな。みんな才能という近道に憧れてしまい、挫折してしまうんじゃよ。凡人でもコツコツ積み上げていけば良いだけの話なんじゃがね。」
よく考えると当たり前のような話だが、つい楽な方に考えてしまう。
そんな自分を再認識でき彼女は地道な行動と努力をしていこと思った。
しかし、彼女は知っていた。この思いも家に帰ったら忘れてしまうと。
そこで老人に相談してみることにした。
当たり前で小さなことを起点にしよう
「あの、それでも私きっと家に帰ったらまたいつものように怠けてしまうと思うんですけど、なんか対処法とかあったりするんですか?」
そう言って少し恥ずかしくなったが、これだけは絶対に聞いておきたかった。
「はっはっはっは。君は本当に素直だね。確かに人は強制力がないとすぐに怠けてしまう生き物だからね。だからこそ一番簡単なのは強制力のある状態を作り出すことじゃよ。お金を払ってパーソナルトレーニングを受けるとかね。」
「なかなかハードルが高そうですね・・・」
「うん、そうじゃよね。本当はそうして欲しいけど、そこでまた行動しなくなってはいけないからまずは当たり前で小さなことを起点に何かを始めてみるといいかな。」
「当たり前で小さなことです?」
「そうじゃよ。たとえば歯磨きとかね。普段、当たり前にしている小さな行動を起点にして行動を起こすんじゃよ。
人間の脳というものは行動し始めるとやる気が出てくるようになっておるから行動を始めるまでが大変なんなんじゃ。だからこそ、これをしたらこれを始めるといった一連の行動をあらかじめ決めておくんじゃ。
この時、その内容を第三者に共有するのも効果的じゃよ。自分を応援してくれる人に共有するとサボるのにも抵抗があるじゃろ?」
「確かにその通りかもしれません。何かをする時にやる気がなくても、やり出してしまえばやる気がでてきて思っていたより長くやってしまうこととかあります。」
「そうなのじゃ。だからこそあらかじめ行動のスタートタイミングを強制的に決めておくんじゃ。ただ注意して欲しいのが起点となる動作の後には行動できるだけの時間を確保するのを忘れてはいけないよ。」
「確かにやり始めても数分しかなかったらほとんど何も出来ないですからね。」
「うむ、時間をどう使うかは非常に大切じゃからな。」
何か普段行っていて小さなことがないのだろうかと彼女は考えた。
(そういえばコンビニのアイスコーヒーは毎日飲んでいるかも。コーヒーには脂肪を燃やす効果があるらしいしコーヒーを飲むことを起点にするのはどうだろう・・・)
「早速色々考えているみたいだね。どれを起点にしてどの行動をするかも試行錯誤が必要じゃよ。君にあった方法は確実にあるから様々なパターンを考えてみると良いかもね。」
自分を見捨てないで
「はい、とりあえずやってみたいことは決まりました。何だかたくさん教えてもらっちゃって、なんてお礼をすればいいか・・・」
老人はにこやかに首を横に振った。
「お礼なんていいんじゃよ。君が少しでも君自身を好きになってくれれば、それだけ十分なんじゃよ。」
なんて素敵な人なんだろうと彼女は思った。婚約者にも会わせてあげたいくらいだった。
老人は優しい口調で言葉を続ける。
「いいかい。君はさっきまで努力や行動ができるの才能だと言っていたが、自分には何も出来ないと卑下してはいけないよ。無限の可能性があると言われてもいい大人だからなかなかピンとこないかもしれないね。
でもね、君が行動しただけ世界は君に応えてくれるんじゃよ。君が望む結果を諦めない限り、君が行動し続ける限り、君は前に進むことができるんじゃ。
天才でなくても、凡人でもみんな同じなんじゃよ。
だからこそ自分を見捨てずに信じて欲しい。絶対に目標が叶うとは言えないけど、行動すれば今よりは必ず変われるからね。」
なんで今まで行動をしなかったんだろう。継続をしなかったんだろう。
『継続は力なり』という言葉を幾度聞いてきたことか。今日初めてその言葉の持つ意味を知れた気がした。
「私は今まで何もしてきませんでした。それは自分に才能がないからだと思っていましたが、
才能がないからこそ行動するしかないんですね!
自分の目標に向けて行動して行きたいです。天才たちに追いつくためにも。」
老人は満足そうに笑った。
「はっはっはっは。天才は手強いぞ?
それでも、誰に勝てなくても自分には負けないように頑張って欲しいな。
今の君なら心配はないかもじゃけど。」
「確かに自分を律するのに精一杯かも知れません・・・」
「大丈夫じゃよ。君ならできる」
彼女の心の中は今までと違う、爽やかなやる気で満ちていた。
それと同時に何だか眠気がしてきた・・・・・
彼女が目を覚ますとそこはいつもいくカフェだった。
(あれ?さっきの老人は?というか私ここで寝てたの?)
色々な疑問があったが店の中を見渡しても老人の姿はどこにもなかった。
しかし、あの老人と話した内容は鮮明に覚えていた。
不審に思いながらも会計を済まし、店を出て自宅に帰った。
エピローグ
早朝5時、彼女はいつものアイスコーヒを買うために目的地のコンビニまでジョギングをしていた。
あの日、老人に言われたアドバイスを彼女なりに行動に移しているのだ。
毎朝コーヒを買うコンビニまで15分ジョギングをして、帰りはコーヒを飲みながらゆっくり30分かけてウォーキングをしている。最初の頃はそれだけで疲れ切っていたが、今では余裕も出てきて帰宅した後ストレッチもしたりしている。
行動し始めると色々なところで変化があった。
まず朝に運動をしているので、必然的に夜は眠くなり無駄にスマホをいじってしまうことは少なくなったし、筋肉がついたのか仕事中に疲れにくくなったのだ。
そしてしっかり体重も減ってきている!
婚約者は気づいてなさそうだからまた今度問い詰めてやるとして、
彼女としてはいい変化ばかりで驚いていた。
今の自分はもちろん好きだし、これからももっと好きになっていくだろう。
(小さなことでもいい、コツコツと積み上げていくことが大事なのよね。)
しばらくすると目的地のコンビニが見えてきた。
彼女は今日もアイスコーヒーを買う。